裾花川から来た水を分ける大口分水工にはいくつか石碑や神様を祀った社(やしろ)や石が安置されています。
しかし、完成当時と思われる大口分水工の写真を見てみると、社は見当たりません。
ではいつ頃社や石碑はできたのでしょうか?

社と石碑
社は天之水別大神(あめのみくまりのおおかみ)を祀っています。

社の隣には天之水別大神の名前が揮毫された石碑も建っています。


石碑の裏に答えがありました。
この社と石碑は善光寺平土地改良区がその前身である善光寺耕地整理組合から土地改良区へ名前が変わり、20周年を記念して昭和46年に建立されたようです。
天之水別大神は一般には天之水別神(あめのみくまりのかみ)と表記されます。
この大神の”大”の字は神様への敬称(〇〇様)のような意味合いでつけられています。
天之水別神の「水別(みくまり)」は水(み)を配る(くまり)ことを意味しているようで、分水を司る配水の神とされています。
同じ様に国之水別神(くにのみくまりのかみ)という神様も存在し、この神様も配水の神様です。
この二柱の違いは一説には水が「天」から降ってくるもの(雨)と、国(土地)から湧き出る水(地下水)を表している説や、「天」を水源に近い河に、「国」を陸に近い海に配した命名とする説など様々な説があります。
(出典:國學院大學「古典文化学」事業)
善光寺平は山々に囲まれた土地にあるために、後者の「天」を水源に近い河とみる説のある天之水別大神を祀ったのではないでしょうか?
日本の水の神様
世界的に古来から石や川など自然にあるものにも神様や精霊が宿るという精霊信仰(アニミズム)があります。
アニミズムは”自然にあるものやその現象はなぜあるのか?なぜ起きるのか?”という疑問を人間が解決(納得)するために考えられた自然を理解するための一つの形です。昔の人間は今のように物理現象をまだ理解していない時代にそれでも自然に起こる現象を理解するためにそこに神様や精霊がいて、その現象を起こしていると考えたわけです。
日本にもその考え方は根付いており、このアニミズムの考え方を元に日本の神道という考え方が作られました。
当然この世界の全てに神様が宿るとの考えですから、沢山の神様がいることになります。
このたくさんの神様という意味で八百万の神(やおよろずのかみ)という言葉ができました。
当然川や水にも神様が宿ると考えられており、天之水別神の他にも水にまつわる神様は沢山います。
長野県にも縁がある神様としては、諏訪大社に祀られている建御名方神(たけみなかたのかみ)や同じく諏訪地方の洩矢神(もりやのかみ)、千曲市の武水別神社が祀る武水別大神(たけみなわけのおおかみ)など様々な神様を祀っています。
大口分水工の近くにも他に2ヶ所水の神様を祀った社があり、それぞれ水神様を祀っているようです。
古くから川や水というものは人にとって欠かせないものであると同時に、台風などの自然の脅威によっては暴れ、家屋や水田を荒らしてしまう恐ろしいものであったのだと思います。
そんな川を鎮めて、また、日々の恵みの感謝を込めて祀ることで豊かな実りや平穏な暮らしができるようにと人々の祈りが込められて建立されたのではないでしょうか?