善光寺平とは

長野県善光寺平土地改良区が管理する地域は、長野市を中心とした「善光寺平」と呼ばれる地域です。
この地域は、東側を千曲川、中央部を犀川、西側を裾花川という3つの川に囲まれた長方形の平野部です。善光寺とその門前町を中心に市街地が発達し、その周辺に住宅地、さらに外側に農地が広がっています。
この地域の特徴は、用水路が都市部の市街地を通過してから、下流域に広がる農村地帯にかんがいするという、全国的にも珍しい構造になっていることです。

1里島取水口さとじましゅすいこう里島小水力発電所さとじましょうすいりょくはつでんしょ

里島取水口と小水力発電施設
小水力発電設備取り付け
里島小水力発電所看板

里島取水口は、中部電力里島発電所で使用された水を再利用して農業用水として取り入れる施設です。昭和28年の県営工事で建設されました。
以前は裾花川から直接水を取っていたため、流木や岩を取り除いたり、川の水量に応じて水門を調整したりする作業を24時間体制で行う必要がありました。現在の里島取水口では、発電所を通過したきれいな水を安定的に取水できるため、効率的な管理が可能になっています。
また、平成28年には里島取水口に小水力発電施設を併設しました。水路を流れる水の力で水車を回して発電し、その売電収入は、土地改良区が管理する施設の維持管理費用に充てています。

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2裾花幹線導水路すそばなかんせんどうすいろ

裾花幹線導水路紫陽花
裾花幹線の水が流れる計渇川のホタル
裾花幹線導水路
裾花幹線導水路の草刈り(維持管理)

裾花川からの水は裾花幹線導水路を通り下流の大口分水工まで流れていきます。裾花幹線導水路にはシダレザクラや紫陽花が植えられており春には満開の桜を見ながら、梅雨の時期には鮮やかな紫陽花を見ながら散策ができます。
農林水産省が平成18年に日本の農業を支えてきた代表的な百の水路を選定し、疏水百選としました。裾花幹線導水路は疏水百選に選ばれた水路です。
また、ホタルの幼虫の住処にもなっており、毎年6月頃には裾花川の水が流れる下流の用水路には育ったホタルが淡い光を放ち、見る人を楽しませます。

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3裾花頭首工すそばなとうしゅこう

裾花頭首工(現在の様子)
裾花頭首工、下流側
裾花頭首工流木が流れ着いた様子

裾花頭首工は、裾花川から水を取り入れるための施設です。昭和10年(1935年)に完成し、現在もほぼ当時の姿のまま残されています。
かつては川から流れてくる岩や流木の除去、水量に応じた水門操作のため、24時間常駐の管理小屋が設置されていました。現在は上流にある里島取水口から取水を行っており、裾花頭首工は、里島取水口の工事などで水が取れない場合に利用する予備取水口として管理されています。

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4大口分水工おおくちぶんすいこう

大口分水工(現在の様子)
大口分水(造成当時)

大口分水工は長野県庁の南西にある分水施設です。裾花幹線導水路から流れてきた水は、この大口分水工から八幡川と漆田川うるしだがわに分かれます。大正13年の水争い解決のために作られた、水利施設の一つです。
八幡川と漆田川の分岐点には、「亀石」と呼ばれる大きな岩が置かれています。これは、八幡川側と漆田川側の農家が、この岩より先に水路を広げないという約束の証として置かれたものです。水路や分水の歴史は、利用する人々の対立の歴史でもあります。この亀石は、争いが起こらないように決め事が作られて、地域の農業社会と秩序が形成されていったという証です。

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5犀川頭首工さいがわとうしゅこう

犀川頭首工正面
犀川頭首工

小田切ダム発電所で発電に使われた水を、農業用水として取り入れる施設です。
犀川頭首工は、昭和27年に建設が計画されていましたが、同年に東京電力株式会社(現東京電力リニューアブルパワー株式会社)によって、小田切ダム発電所の建設が計画されました。当時は都市部での電力需要も増加し、さらなる発電施設が必要な時期であり、農家にとっても、戦後の人口増加や食糧難解決のために食糧増産が必要と言われる時期でした。互いに犀川の取水が必要な状態で、当初地元の農家さんは小田切ダム建設には反対の姿勢を取っており、話し合いは難航していました。
そこで、長野県が両者の間に入り、意見を調整して今の小田切ダムと犀川頭首工が出来上がりました。

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6左右岸分水工さゆうがんぶんすいこう

左右岸分水工正面

犀川頭首工から取り入れた水は、施設北側の山の中を通る暗渠(水路トンネル)を通り、下流の左右岸分水工で地表に出ます。左右岸分水工はその名前の通り、犀川の左岸側(北側)と右岸側(南側)に水を分けるための入口になります。
東側の水門を通った水は、その先の左岸防災水門から犀川の下をサイフォン水路で通り、右岸側にある右岸防災水門から川中島平地域に送られます。北側の水門を通った水は、安茂里地区を流れて善光寺平へと供給されます。

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7左岸防災水門さがんぼうさいすいもん右岸防災水門うがんぼうさいすいもん

左岸防災水門全景
左岸防災制水門
右岸防災水門
右岸側から見る左岸防災水門
左右岸分水工

左右岸分水工から来た水を、犀川の下を通るサイフォン水路に流すための水門とその出口となる水門です。もともとあった旧サイフォン水路が、犀川の河床低下により地表に露出する恐れが生じたため、平成8年から15年にかけて新しいサイフォン水路とこれらの防災水門が建設されました。「防災」の名前のとおり、洪水などの災害を防ぐ機能を備えています。
右岸防災水門へ流れた水は、犀川の南側の地域である川中島平の水田へ水を供給しています。

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8犀川旧頭首工さいがわきゅうとうしゅこう

犀川旧頭首工(利用当時の写真)

昭和10年に完成した施設で、かつては現在の犀川頭首工より下流、左右岸分水工から東へ約50メートルの地点にありました。
大正13年の水争いの際、裾花川だけでは水量が不足することから、犀川からも取水するために建設されました。現在は、小田切ダム放水路末端に作られた現在の犀川頭首工があるために、この施設は取り壊されて見ることはできません。しかし、施設建設当時に犀川旧頭首工から続く水路は、補修をされながら現在も使われています。

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9二堰分水工にせぎぶんすいこう

二堰分水工正面

左右岸分水工から善光寺平への水は、この二堰分水工を通って3つの地域に水を分けています。また、取水量を調節し、犀川へ水を戻すための余水吐を備えています。
1. 北側の水門:安茂里地区へ水を供給する西河原大堰への水路
2. 東側の2門:長野駅方面へ向かう犀川幹線導水路への水路
3. 東側のもう1門:大豆島方面へ向かう四ヶ郷導水路への水路
4. 南側の1門:こちらは水を川に戻すための余水吐と呼ばれる水門
「二堰」という名前は、もともと2つの用水路(長野の方言で「堰(せぎ)」)に分ける施設だったことに由来します。
ではなぜ二堰分水工なのに、3つの堰へ水を流しているのでしょうか。もともとこの水路は、西河原大堰への水門と犀川幹線導水路へ流れる水を分ける施設でした。この施設も昭和10年に作られた施設であり、当時、大豆島の地域の水は大豆島の地元の管理により行われていました。
しかし、現在の犀川頭首工を作るときに、大豆島への水も一緒に流そうということになり、新しく四ヶ郷導水路へ水を流すための水門が作られました。そのために現在は3つの堰へ水を流しているのですが、名称は二堰分水工の名のまま使用されているのです。

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